観世流「木曽」と比較したところ同じ話を扱っていますが内容に差異がありました。
まず配役が異なり、「木曽」がシテ覚明・ツレ木曽義仲・ツレ池田次郎である一方、「木曽願書」はシテ木曽義仲・ツレ覚明・ワキ今井兼平となっています。
兼平が激しい戦闘の口火を切る願書以降の筋立ては、酒宴を催して男舞を舞う「木曽」と大きく異なり、願書に書き表された切迫感にふさわしい手に汗握る展開です。
「木曽」の願書は「安宅」の勧進帳、「正尊」の起請文と合わせて三読物と呼ばれ、「木曽願書」でもおおむね同じ文句の願書が読み上げられます。
内容の把握にお役立てください。

「木曽」の観世流謡本は以下をご覧ください。

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ご注意ください。

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プリントアウトの上、中央を山折りにし、端を綴じてご活用ください。

 

 

 

 

木曽願書

シテ 木曽義仲
立衆 従兵
トモ 立衆中の一人
ヲカシ 里人
ツレ 覚明
ワキ 今井兼平

地は 越中
季は 夏

一声立衆「八百万代を治むなる。弓矢の道こそ久しけれ。
シテ「抑是は。木曽義仲とは我事なり。
立衆「さても平家は越前の。燧が城を攻め落し。都合其勢十万余騎。此砥並山まで攻め下る。
シテ「こゝには源氏。
立衆「かしこに平家。両陣相さゝへ。龍虎の威をふるひ。獅子象の勢。帝釈修羅の思ひをなし。
上歌「日月も手の内に。〳〵。とり〴〵なれや梓弓の。矢叫びは雲にひゞき。閧の声は倶梨伽羅の。谷風も烈しく。山河草木も震動す。されども味方の計略。明日の合戦と触れければ。敵味方に矢をとゞめ。くつばみを返し砥並山。明くる空をぞ待ちゐたる。〳〵。
シテ詞「如何に誰かある。
トモ「御前に候。
シテ「あの茂みの中に。新しき社壇の見えたるは。如何なる神を勧請申したるぞ尋ね来り候へ。
トモ「畏つて候。如何に在所の人の渡り候ふか。
ヲカシ「何事にて御座候ふぞ。
トモ「あれに新しき社壇の見えて候ふは。如何なる神を勧請申してあるぞ。
ヲカシ「さん候始めて八幡を勧請申して候。今八幡とも又在所を羽生と申すにより。羽生の八幡とも申し候。
トモ「如何に申し上げ候。在所の者に尋ね申して候へば。新しく八幡を勧請申して候ふが。今八幡とも申し。又羽生の八幡とも申すよしを申し候。
シテ「近頃めでたき事にて候。やがて社参申さうずるにて候。覚明を召して願書をこめ候へ。
トモ「畏つて候。如何に覚明御参り候へ。急ぎ願書を書きて御こめあれとの御諚にて候。
覚明「畏つて候。やがて仕らうずるにて候。
サシ立衆「今井樋口を始めとして。其数多き兵ども。皆悦びの色をなして。
地「急ぎ社壇に参りつゝ。〳〵。信心を致し取り分きて。願書を読み上げ。猶神徳を仰がん。
シテ「何々帰命頂礼。八幡大菩薩は。日域朝廷の本主。累世明君の曩祖たり。
地「宝祚を守らんが為め。蒼生を利せんが為めに。三身の金容を顕はして。三所の権扉を押し開き給へり。こゝに頻の年よりこのかた。平相国といふ者あつて。四海を掌にし。万民を悩乱せしむ。是れ仏法の怨み王法の敵なり。抑曽祖父前の陸奥守。名を宗廟の氏族に帰附す。義仲いやしくも。其後胤として此大功を起すこと。喩へば嬰児の蠡を以て巨海を測り。蟷螂が斧を取つて。隆車に向ふ如くなり。然れども君の為め国の為めに。是を起すのみなり。伏して願はくは。神明納受垂れ給ひ。勝軍を究めつゝ。仇を四方に退け給へ。寿永二年五月日と。高らかに読み上ぐれば。
シテ「義仲願書に鏑矢を。神前に捧げ申せば。御供の兵どもゝ。上差の鏑を一つづゝ。彼宝前に捧げて。南無帰命頂礼。八幡大菩薩とて。皆礼拝を参らする。
一声ワキ「寄せかくる。汀の波のおのづから。音も烈しき朝嵐。
詞「如何に平家の軍兵たしかに聞け。抑是は木曽殿の御内に。今井の四郎兼平。今日追手の大将と名乗り呼ばゝる其声は。天地も響くばかりなり。
地「今井が合図の鬨の声に。後の林の五万余騎。一度に鬨をどつと作る。
地「平家は其勢十万余騎。〳〵。時もこそあれ五月闇。暗さは暗し巌石巌の。敵も味方も同士討すなと。魚鱗鶴翼定めもなし。
シテ「かゝりける処に。
地「かゝりける処に。羽生の八幡の社壇の上より。神火一村飛び上つて。源氏の軍兵の闇を照らす。光の影をよく〳〵見れば。鳩鳥を戴く忍辱の御鎧。悪魔降伏の白羽の鏑矢を。平家の陣に射給ふと見えしが。平家の大勢取る物も取りあへず。倶梨伽羅が谷の。巌石の上に走りかゝり。落ち重なり〳〵。馬には人々には馬。雪のしづえや霜くづれ。積る木の葉の塵ひぢの如く。七万余騎は倶梨伽羅の。谷の千尋の深きをも。浅くなる程埋めたりけり。

底本:国立国会図書館デジタルコレクション『謡曲評釈 第七輯』大和田建樹 著

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