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尭舜 別名 重華・重花

シテ 重華(舜)
ツレ 尭
ワキ 勅使
狂言 官人

大臣、サシ「有難や。五日の風は枝をならさず。
尭「十日の雨は塊を。
大臣「破らぬ君が代にすめる。
尭「農夫は野田に歌ひ。
大臣「畔を譲りておのづから。
同「上を学びの下迄も。〳〵。徳を貴み義をたゞし。仁を興せば凍餒の。憂は長く忘れ水の。音せぬ鼓苔むして。鳥驚ぬ君が代を。仰ぐも愚か成べしや。〳〵。
ワキ詞「いかに奏聞申上候。
尭「何事ぞ。
ワキ「偖も箕山の許由をたづね。位を譲り給ふべきとの。宣旨のおもむきのべければ。許由其時頭をふつて。我此上にかくれすみ。うき世の塵をはらひ捨。谷の清水にこゝろを澄し。寥々と有折節に。又穢らはしき世の事わざを。聞つる事の浅ましさよとて。穎川の滝にて耳を洗ふ。爰に巣父といへる賢人。牛を牽て来りしが。許由が耳を洗ふを見て。こは何事ぞとたづねければ。其時許由しか〴〵と云。巣父聞もあへず。けしからず此滝の。いつより濁りて見えし程に。不思議に思ひたゝずみしが。左様の穢れし流れをば。我は牛にもかはじとて。空敷引てかへり候。なんぼうきたい成賢人にて候。
尭「実不思議成ものどもかな。此上はちから及ばぬ事。さらば歴山の麓に。重花といへる民有べし。彼は父母に孝行成者なれば。重花に天下を譲るべし。急で召つれきたり候へ。
ワキ「畏て候。さらば歴山にこへ。重花を召て参らふずるにて候。(シカ〴〵)
シテ、サシ「夫父としては慈を施し。子としては孝を尽すこそ。人の常とはいふべけれ。われは心の及ぶほど。孝をはげむと思へ共。父かたましき心にて。徒になるうらめしや。天はまことを照し給へば。我がなす孝のすぐならば。恵を施しおはしませ。
詞「けふも又田面に出て。浮世のわざをいとなまばやと思ひ候。
ワキ「いかに是成は重花にて渡り候か。
シテ「見奉ば衣冠たゞしき上人成が。重花と承り候かや。何事にて御座候ぞ。
ワキ「是は尭王よりの勅使なるが。お事の孝道聞し召及ばせ。忝くも御位を譲給はんとの宣旨也。急で参内し給ふべし。
シテ「是はふしぎの宣旨哉。我等賤しき身にしあれば。いかでか位に備ふべき。是はさだめて人ちがひにて候べし。
ワキ「実々仰はさる事なれども。綸言うたがひ有べからず。
カヽル「はや〴〵輿に召るべし。
シテ「こはそも何と夕月の。光り暉く玉の御輿。
カヽル「乗行末も玉の台の。
ワキ「うへなき位に進むべきとは。
シテ「思ひもよらぬ。
ワキ「身の程を。
同「しれば嬉しき世の中の。〳〵。人の心のすぐならば。などか天道も。慈悲の光りのなかるべき。実や邪見偸盗は貧困の種。惻隠は。富貴栄花の基とは。今こそ思ひしられたれ。〳〵。
ワキ「勅諚にまかせ。重花を召てきたり候。
尭「急ぎ衣冠をあらため。此方へ来れと申候へ。
ワキ「畏て候。(シカ〴〵)
尭「いかに重花。汝孝行のこゝろざし深きにより。代を譲らんが為にめしよせたり。今まで尽したる孝行のしな〴〵。くはしくかたり申候へ。
シテ「畏て候。
クリ、地「いやしくも我畎畝のうちに長と成。道をまもるといへども。父は頑なにして。母はかまびすしく。弟はいと傲れるもの也。
サシ「常は歴山のふもとに耕作して。世の営みをつとめしに。我孝行の心ざし。天も納受ましましけむ。諸鳥くだりて草を粧り。大象きたつて田を耕す。
クセ「有時瞽瞍弟の。象とはかりて我をして。倉廩のうへを覆はしむ。命を背かず高き屋に。登りて是れを葺ぬるに。兼てたくみし事なれば。半ふきぬるころほひに。下より火を放ち。焼ころさんとせし時に。傘を拡げ飛おり。あやうき命助かりぬ。其後又井をほらせしむ。夫をも更に背かずして。地中に入て井をうがち。つちをあげしに不思議やな。地も感応やおはすらん。土中に金交りて。是を諍ふその隙に。我ぬけ穴をほり穿ち。からき命をたすかりぬ。夫をもしらで父母は。うへより石を投落し。土をかさねて埋みしは。げに浅ましきたくみなり。
尭「帝尭此よし聞しめし。
同「類ひまれ成孝行の。みちをたがはぬ心ざし。感涙御衣の御袖を。しぼり給ひて。みづから玉扆をすべり。重花を玉床にすゝめ給へば。月卿雲客一同に。手を拱ぬきて礼拝し。徳高く業高き大舜とあがめたてまつる。
尭「此上は我皇女英。重花に妻合し。位を譲りあたふべし。諸侯大夫にいたるまでも。今より重花を天子とあがめ。其政道をまもるべしと。
同「綸言あれば大舜は。かたじけなしと夕露の。玉のかぶりをかたぶけて。帝尭を三拝し。かゝるふしぎにあひ竹の。直成御代の政事。たがはぬ帝徳ぞ有がたき。とても目出たき此君の。〳〵。御影を仰ぐ四方の国。太平楽の舞の袖。返す〴〵も有難や。(楽)
シテ「皇の賢き御代のためしには。
地「天には鳳凰舞あそぶ。舞あそぶ。まひあそぶ。
シテ「地には麒麟の角ふり立て。
同「地には麒麟の角ふり立て。翔遊ぶも聖の御代の。徳輝を感ずる天地の。動かぬ国は幾千代。万歳の寿きをのぶる。舞楽も既に時うつれば。帝尭は玉座を立給ひ。玉簾遥に入せ給へば。重花は諸侯に礼義を敦くし。諸民を懐けて。政道をたゞせば。豊かに治る代は千秋や。豊かに治る代は千秋の。尭舜の聖徳ぞありがたき。

底本:国立国会図書館デジタルコレクション『古今謡曲解題』丸岡桂 著『宴曲十七帖 謡曲末百番』国書刊行会 編

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