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禅師曽我

トモ 団三郎
トモ 鬼王
ツレ 曽我兄弟母
シテ 久上禅師
ワキ 伊東助宗
ワキヅレ 同従兵

地は 前は伊豆 後は越後
季は 春

二人次第「散りにし花の名残には。〳〵。香ばかり送る嵐かな。
団三郎詞「是は曽我兄弟の人々に仕へ申す。鬼王団三郎にて候。さても兄弟の人々は。過ぎにし二十八日の夜。井手の館へ忍び入り。安々と敵を討ち。其身も即座に討たれ給ひて候。我等兄弟も御供申し候へども。形見の品々を持ちて。故郷へ下れとの御事にて候ふ程に。かひなき命助かり。御形見を持ち。只今故郷へ下り候。
道行「使の泣きて帰りしは。〳〵。花を見捨つる雁金。それは越路に帰る山。是は名高き富士の嶺の。煙見えたる東屋に。帰りかねたる心かな。〳〵。
団三郎詞「急ぎ候ふ程に。是は早曽我の里に着きて候。先々案内を申さうずるにて候。如何に案内申し候。鬼王団三郎が参りたる由それ〳〵御申し候へ。
母詞「何鬼王団三郎と申すか。人までも有るまじ此方へ来り候へ。さて只今は何の為めに来りたるぞ。
団三郎「さん候面目もなき御使に参りて候。
母「面目もなき使とは。如何なる事にて有るやらん。
団三郎「過ぎにし二十八日の夜。井手の館へ忍び入り。安々と敵を討ち。御身も即座に討たれ給ひて候。又御形見の物を持ちて参りて候。是々御覧候へ。
母「祐経を討つ程なれば。何とて落ち延びざりけるぞ。敵を討つは父の為め。母をば思はぬ子供の形見。恨めしや。
鬼王「実に〳〵御歎き尤にて候。先づ箱根へ人を御登せ候へ。
母「箱根へと聞けば思ひ出だしたり。まづ〳〵久上の寺へ参り候へ。
団三郎「実に〳〵禅師の御事よなふ。たとひ御身は捨人なりとも。
母「如何なる目をも。
団三郎「水茎の。
地「筆の立てども覚えねば。涙ながらにかきくれて。久上の寺に送りけり。〳〵。
シテ詞「是は久上の禅師にて候。我此間別行の子細候ふ間。百座の護摩を焼かばやと存じ候。
一同一声「藤波の。かゝれる木々の梢をば。嵐や寄せて散らすらん。
ワキ詞「是は伊藤の九郎助宗なり。さても過ぎにし二十八日の夜。曽我兄弟の者。井手の館に忍び入り。親の敵を討ち。其身も即座に討たれて候。其弟に久上の禅師と申して候ふを。幼少の時より某養子として出家させ申し候ふを。如何なる者の申し候ふやらん。君聞し召し及ばせ給ひ。急ぎ搦め捕つて参らせよとの御事にて候ふ程に。唯今久上の寺に押し寄せ候。是は早久上の寺にて候。まづ〳〵案内を請はうずるにて候。如何に案内申し候。伊藤の九郎助宗が参りたり。急いで門を開き候へ。
シテ「助宗は何の為めに御出でにて候ふぞ。
ワキ「鎌倉殿より搦め捕つて参れとの御事なり。とう〳〵出で候へ。
シテ「や。助宗は某が討手の為めな。よし〳〵尋常に討死し。御名を揚げて参らせん。抑是は河津の三郎が末の子に。久上の禅師。
地「墨染の下に忍辱の鎧。悪魔降伏の剣。三尺の長刀指しかざしたり。討つべき様こそなかりけれ。
地「心得給へ助宗と。城戸を開いて切つて出づれば。手許に近づき過すな。射取れや射取れ梓弓。疋田の小三郎が進んでかゝるを。長刀取り延べ。法師の切るとて袈裟がけなり。南無仏無慙やな。
シテ「たとへば沙門の体とて。
地「思ひゆるすも事にこそよれ。唯一命の勝負をせんと。狩野の源六其外若武者。我も〳〵とかゝりけれども。禅師は騒がず打物合はせ。こゝやかしこに切り立てられ。門前の外まで引き退けば。是までなりと長刀投げ捨て。護摩の壇上に走り上り。御本尊に向ひて。あびらうんけんにつなぬかれ。礼盤の上より落ちけるを。生捕にせんとて利剣を奪ひ。鎌倉へこそ上せけれ。鎌倉へこそは上せけれ。

底本:国立国会図書館デジタルコレクション『謡曲評釈 第九輯』大和田建樹 著

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