💡 古典を読む 『金葉和歌集』から、「あさましや 剣の枝の たわむまで こは何のみの なれるなるらむ」の由緒はこちら

 

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稲荷

ワキ 和泉式部従者
シテヅレ 小式部
シテ 恋慕者の亡霊

地は 京都
季は 秋九月

ワキ詞「かやうに候ふ者は。都和泉式部に仕へ申す者にて候。さても和泉式部過ぎにし秋の頃。稲荷にて紅葉狩の御時。時雨はげしく降りて候ふ程に。賤しき民の者の着し麻の衣を借りて御輿にかけ候ひし時。和泉式部の御姿を見申し。しづ心なき恋となりて候。かれていの者の着たる衣をば襖と申し候。此者心や有りけん。題付けて歌をよみ送り申し候。時雨せし稲荷の山のもみぢ葉の。あをかりしより思ひそめてき。かやうに申し参らせ候へば御返事もなく候ひし程に。彼者むなしく罷りなりて候。さる程に式部の御息女に小式部と申して御座候ふが。風の心地とて悩ませ給ひ候。参りて御心地をも尋ね申さばやと存じ候。御心地は何と御座候ふぞ。
小式部「げにや大方の秋になるだに淋しきに。身にしむ風の心地して。打ち乱れたる我心。やるかたなきを如何にせん。
地下「げにや弱き心にも。乱るゝ物は青柳の。
地上「糸ふく風の心して。〳〵。夕暮の空くもり。雨さへしげき軒の草。傾く影を見るからに。心細さの夕べかな。〳〵。
ワキ詞「是はかの歌かけたる者の執心かと存じ候ふ程に。仏事を執行し諸を弔ひ申さうずるにて候。
シテ「面白や頃は長月廿日あまり。さながら錦をかざる鸞輿属車の。色々かはる貴賤の道の。行きかふ袖の面白さよ。げにや都の四方のけしき。何くはあれど殊になほ。時を知るから折からに。色に稲荷の紅葉の山。杉の木の間の村紅葉。是を物見と稲荷山の。
一声「滝の白波朱の斎垣。
地「神さびわたる宮居かな。
ワキ詞「不思議やなそことも知らぬ方よりも。化したる人の見えたるは。如何なる者ぞ名を名乗れ。
シテ「何と名を名乗れと候ふや。
ワキ「中々の事。
シテ「我はかく賤しき賤の自ら。何か心のあるべきなれども。思ふ心の種となるを。言葉の花の色ぞとも。思ひ給はぬ涙の露と。消え失せし身の行方をば。夢路に帰り来りたり。
地「さて狂人は忘れめや。我は忘れずその頃は。雲井の月の影たかき。都の秋の暮つかた。紅葉に通ふ村時雨。山路の秋を惜しむとて。
クセ「車を並べ輿をつゞけ。馬上歩行の異形人。道もさりあへず行きちがふ。貴賤僧尼老少男女の。出立衣小袖。直衣狩衣直垂。さま〴〵に変れども。袖は紅葉の一枝を。折りてかざゝぬ人はなし。殊に上﨟は。色ふかき御心。紅葉を友と待ちわびし。秋の来るをそなたぞと。西山もとに車を立て。霧の晴間を見渡せば。嶺よりかつ散るは。谷の梢の紅葉なり。
シテ「名には紅葉のよもあらじ。
地「松尾嵐山。小倉の里の夕暮に。紅葉やあると尋ぬれば。鹿ばかり鳴く常磐山。かはらぬ宮居秋久し。其神山の葵草。年は経れども。二葉の紅葉よも尽きじ。
シテ「あら閻浮こひしや。
地「恋しき人は梢にあり。恋しき人は梢にありけり。嬉しやあの木に上らんとて。枝にすがれば剣となつて。取る手も貫き身を通せば。念力の梢にのぼり〳〵て。見ればありつる人は又。我にちがひて木陰に有りけり。あら恨めしやと梢を伝ひ。おりんとすれば。枝に貫かれ梢にめぐる。こはそも何といひすて。奈落の底に沈み果てゝ。浮ぶ世もなき和泉式部。誰ゆゑぞ誰ゆゑぞ。恨めしや。されども因果をひるがへし。一念懺悔に。煩悩すなはち菩提心の。仏果を受くる御弔ひに。浮ぶ身となる有難さよ。

底本:国立国会図書館デジタルコレクション『謡曲評釈 第一輯』大和田建樹 著

金葉和歌集 卷十 雜部下

地獄の絵に剣のえだに人のつらぬかれたるを見てよめる

和泉式部

あさましや 剣の枝の たわむまで こは何のみの なれるなるらむ

 

底本:国立国会図書館デジタルコレクション『有朋堂文庫 金葉和歌集・詞花和歌集・千載和歌集』塚本哲三 編

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