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鱗形


ワキ 北条時政
ワキヅレ 時政従者
シテ 女人


シテ 弁財天

地は 相模
季は 雑

ワキ次第「八百万代を治むなる。〳〵。弓矢の家ぞ久しき。
詞「そも〳〵是は北条の四郎時政にて候。我弓矢の家に生るゝといへども。いまだ旗の紋定まらず候ふ程に。江の島の弁財天に此事を祈り申さん為め。唯今参詣仕り候。
サシ「それ弓矢は天地陰陽をかたどり。七徳五行の姿なり。
一同「されば神農の作りし桑の弓。怨敵破戒を滅ぼして。
ワキ「国家の為となすとかや。
一同「又は仏法王法の。〳〵。静かなる国となる事も。一張の弓の勢。月心にあり。是ぞ真如の槻弓の。悪魔もいかで恐れざる。〳〵。
ワキ詞「急ぎ候ふ程に。是は早江の島に着きて候。まづ〳〵社壇に参らばやと存じ候。
シテ詞「なふ〳〵時政に申すべき事の候。
ワキ詞「不思議やな人家も見えぬ方よりも。女性一人顕はれて。我名をさして宣ふは。何といひたる事やらん。
シテ「愚かの仰せ候ふや。年月歩みを運びつゝ。信心深き其故に。望みをかなへ申さん為め。是まで顕はれ来りたり。
ワキ「そもや望みを叶へんとは。如何なる人にてましますぞ。
シテ「いや我名をば名乗らずとも。御身信の志深く。
ワキ「神を敬ふ恵みにて。
シテ「国も豊かに。
二人「民栄え。
地「治まれる。御代のしるしも今更に。〳〵。見えて栄ふる蘆原の。国なれや降る雨も。時をたがへぬ此君の。千年をかけて御注連縄。永くも代々を守るなり。〳〵。
ロンギ地「実にや誓ひの数々に。御代を守りの御告とは。如何なる人におはします。
シテ「今は何をか包むべき。我此島に跡を垂れ。
地「潮の落つる暁は。沖の鷗に心そへ。汀の千鳥鳴く田鶴も。和光の影の数々に。かき集めたる藻塩草。夜の汀を待ち給へ。望みを叶へ申さんと。いふかと見えて其まゝ。社壇に入らせ給ひけり。〳〵。(中入)
地「御殿しきりに鳴動して。日月光り雲晴れて。山の端出づる如くにて。顕はれ給ふ有難さよ。
後ジテ「我は是れ此島を守護し衆生を助くる。胎蔵界の弁財天とは我事なり。
地「晴れたる空に旗さしの。名も久方の月の桂も。手に取るばかり弓矢の。家を守りのしるしぞと。時政に旗をたび給ひ。数々の童子神楽の役々。月も照り添ふ花の姿。雪を廻らす袂かな。
シテ「謹上。
地「再拝。(神楽)
地「かくて夜遊も時過ぎて。〳〵。我世の中にあらん程。たとひ四敵の寄せ来るとも。此旗をさし上げば。我神通の身を現じて。六通三明の剣を引つ提げ。無明懺悔の敵を払はゞ。其身も息災安穏なるべし。唯信心を致すべしと。あらたに神託なし給ひ。天女は御殿の扉をひらきて。御帳の内にぞ入り給ふ。

底本:国立国会図書館デジタルコレクション『謡曲評釈 第四輯』大和田建樹 著

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