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江島童子
シテ 龍の口明神 ツレ 弁才天女 ワキ 豆州桃園の者 所 相模江島 次第「祈る願ひの末とけて。〳〵。江の島まふで急がん。 ワキ詞「加様に候者は。豆州桃園の者にて候。我多年弁天を信じ奉り。同じ心の友をさそひ。只今江の島に参詣仕候。 道行「何事も心に叶ふ時を得て。〳〵。山また山の筥根路を。上り下れば程もなく。玉縄片瀬過行て。早江の島に着にけり。〳〵。 詞「急候程に。江の浦に付て候。暫く此所に休らひ。人来つて当島の謂を尋ふずるにて候。 一声、シテ「鵜来島守の身の業は。釣のいとなみ。隙ぞなき。 ワキ「いかに是成漁夫に尋べき事の候。 シテ「此方の事にて候歟。何事にて候ぞ。 ワキ「我等は豆州の者にて候が。年比弁天を信じ奉り。心友を伴ひ参詣にて候。此島の謂れ御物語候へ。 シテ「某も委くは知らず候へ共。承及たる子細を。物語申さふずるにて候。 語「扨も当島弁天部と申は。往昔欽明の御宇卯月半に。諸天下界の龍神迄も。悉く爰に出現まします。時に金輪際より。島涌出すれば。悪龍夜叉羅刹迄。磐石をそばだて一島を造り。一つの岩窟をたゝへて。弁天爰に居まし給ふ。其折節此海月江の浦に一つの悪龍有。其身ひとつにして。頭五つあり。則是を五頭龍王と名付。当国の人民を贄に取て。国中に人なし。弁天是をあはれみ給ひ。彼龍王にむかひ。汝永々殺生をとゞめば。我夫婦のかたらひをなすべしとあれば。龍王よろこび悪心をひるがへし。国民を衛護し。龍の口の明神と顕れ。衆生を守りおはします。なんばう新たなる御事にて候。 ワキ、カヽル「謂れを聞ば有難や。扨々天部の御事は。 詞「兼てより伝へ承る。迚も之事に十五童子の子細御物語候へ。 シテ「さのみは悉く知らねども。御尋候へ教へ申候はん。 ワキ「先印鑰童子は。 シテ「御鑰を持。 ワキ「官帯童子は。 シテ「帯を提げ。筆硯は筆すゞり。 ワキ「金財は。 シテ「秤に金を盛。 ワキ詞「扨又外の童子の名は。 シテ「稲籾は稲を携へ。計升は升を持せり。 同「飯櫃童子はあまねく。普く飯を国土に施し。衣裳童子は衣服を諸人に与へおはします。蚕養は。かいこをそだて。綿線を以て衆生の。肌をあたゝめ給はんの。御誓ひあらた成けり。〳〵。 ワキ詞「猶々聞ば奥床し。残りし童子の御名はいかに。 シテ「酒泉童子は国民に。 同「酒泉童子は国民に。甘露を授け愛敬は。本来衆人の愛敬を守り給ふなる。誓ひぞ貴かりける。 クセ「生命童子は寿命延年の徳あり。従者はけんぞく。牛馬童子は民の田畠のたすけとなり。船車はふねと車を衆生に与へ給ふなり。 シテ「扨また善財童子は。 同「乙護と是を名付つゝ。弁天よりも大覚へ。給仕に送りおはします。禅師の心に等しければ。其名を如意と召れつゝ。一生仕へ給ふと歟。さのみは何と語るべき。我は是龍の口の。明神と云捨て。波濤を分て入給ふ。〳〵。(中入)シカ〴〵 ワキ詞「斯る奇特に逢事も。一方ならぬ御利生ぞと。 歌「いふ浪風も音を添へて。〳〵。松諸共に調べあふ。声もみちくるあらたさよ。〳〵。 地「其時御殿鳴動して。日月光かゞやき渡り。山の端出づる如くにて。顕はれ給ふぞかたじけなき。 後シテ「抑是は。此島に住んで御代を守る。聡明勇進弁財天なり。我を信ぜん輩は。唵薩羅薩伐底曳娑婆訶と。朝暮唱ふる衆生には。福寿円満快楽と守るべし。 同「四方星辰及日月。威神擁護得延年。吉祥安穏福徳増。災変厄難皆除遣と。宣ふ御声の内よりも。花降霊香薫じつゝ。月にかゞやく。乙女の舞。返す〴〵も面白や。(舞) 同「夜遊も今は時過て。〳〵。月澄渡る。青海原に。龍灯忽かゞやき見えしは。五頭龍王の出現かや。 同「龍王則顕はれて。〳〵。天地に横たはる大蛇の勢ひ。白浪を平地にけたて〳〵て。さもすさまじき龍神の。気色悪魔を払ふ粧ひたり。(働アリ) シテ「元来衆生済度の誓ひ。 同「元来衆生済度の誓ひ。様々なれば。天女龍神と形を顕はし。七難即滅七福即生。悪事災難を悉く払ひ。武運長久諸願成就と。宣ふ御声もあらたに聞え。天部は岩洞に入らせ給へば。五頭龍王は。波間にかけり島根をうがち。巨海にどよみ波上にはしり〳〵て。海底に飛でぞ。入にける。 底本:国立国会図書館デジタルコレクション『古今謡曲解題』丸岡桂 著、『宴曲十七帖 謡曲末百番』国書刊行会 編
弁財天十五童子(十六童子)の一覧は次の通りです。 1~15の童子を十五童子、さらに16の善財童子を加えて十六童子と称します。