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落葉

世阿弥作


ワキ 旅僧
シテ 里女


ワキ 前に同じ
シテ 落葉の宮

地は 山城
季は 十月

ワキ次第「波と草とにかはれども。〳〵。枕や同じかるらん。
詞「是は一所不住の僧にて候。我此程は北国に候ひしが。越路の雪積らぬ先に。都に上らばやと思ひ候。
道行「草枕。夕べ〳〵の旅衣。〳〵。野山の露に敷きそめし。行方を問へば秋暮れて。時雨も廻る日数へて。都も近き浅茅生の。小野の山路に着きにけり。〳〵。
ワキ詞「げに〳〵此処は古へ小野の尼と申しゝ人。初瀬に詣で給ひし時。宇治の里にて浮舟とやらんに行き逢ひ。誘なひて住み給ひけるが。此処にては手習の君とかや申せしとなり。痛はしやさもやごとなき御事なれども。恋路の末のはかなきゆゑ。かゝる山家に住み給ふ事よ。成仏得脱せしめ給へ。
シテ詞「なふ〳〵あれなる御僧。手習の君とのみ回向し給ひ候ふか。
ワキ「さん候処から思ひ出でたるまゝ御跡を弔ひ申し候。
シテ「うたてやな同じ物語の内に。落葉の宮の御事も此処にて候ふ物を。何とて回向し給はで。其儘御通り候ふぞ。
ワキ「げに〳〵落葉の宮の御事も。承り及びて候。さて〳〵御跡は何くの程にて候ふぞ。
シテ「こなたへ入らせ給へとて。
下歌「片山の陰岨づたひ。岩根木がくれ行く道の。げにも落葉に。埋もれて跡は残らず。
上歌「稀に来る。夜半も淋しき松風を。〳〵。絶えずや苔の下に聞く。古宮のさびしきは。其色としもなかりけり。真木たつ山の秋の暮。さぞな奥山に。紅葉ふみ分け鳴く鹿の。声聞きわびて憂かるらんと。物凄の夕べやな。あら物すごの夕べやな。
シテ詞「是こそ落葉の宮の御旧跡にて候へ。
ワキ「げに〳〵星霜旧りたる古宮の有様。誠に故ある処と見えて候。又惟喬の親王の皇居は何くにて候ふぞ。
シテ「是より北に当つて松の一むら木高き処の見えたるこそ。文徳第一の皇子。惟喬親王の皇居にて候ふ御入り候へ。彼在原の業平参り。忘れては夢かとぞ思ふ思ひきや。
地「雪踏み分けて君を見んとはと詠ぜしも。此処にての事なるべし。あはれも深き御跡なれば。たゞにな詠め給ひそとよ。
ワキ詞「又是より東に当つて杉一村の見えたる山は候。
シテ「あれこそ都より雲の八重立つとながめけん。横川の峰にて候へ。
ワキ「げに面白や名所とて。猶奥ふかき細道を。
シテ「分けつゝ行けば末絶えて。
ワキ「煙ほのかに立ちのぼるは。
シテ「人家にもあらず。
ワキ「松にも。
シテ「あらで。
歌「炭竈に。薪取り焼く夕暮は。〳〵。おのれけぶたき煙の。胸よりくゆる我思ひ。身を木枯に誘はるゝ。落葉の宮は我なりと。夕霜に色朽ちて。散りまよひつゝ失せにけり。〳〵。(中入)
ワキ歌「小野の篠原秋更けて。〳〵。露霜さむき古宮の。亡き跡とへば涙をも。月や昔に返すらん。〳〵。
後ジテ「あら淋しの深山の秋の夜や。梟松桂の枝に鳴き。狐蘭菊の花に隠るなる。月更け過ぐる物凄さよ。
ワキ「不思議やな焼物ほのかに打ちかをる。衣の音なひ聞ゆるは。袖も色濃き落葉の宮の。重ねてま見え給へるか。
シテ「中々なれや落葉の霜の。古人ながら執心は。
ワキ「猶晴れやらぬ夕霧の。
シテ「海山つらき生死の。
ワキ「二つの道にかへすなよ。
地次第「落葉のつもる罪科を。〳〵。払ひて塵となさうよ。
クリ「それ春風桃李花の開くる日。秋露梧桐葉の落つる時。
シテサシ「中にも此落葉の宮と申すは。
地「女三の宮と枝を連ねし。女二の宮の御事なり。其頃時めく柏木の。衛門の督と申しゝ人。落葉の露を置きながら。女三の宮を思ふかと。憂かりし人の言の葉に。
クセ「もろかづら。落葉を何に拾ひけん。名は睦ましきかざしなれどもと。詠ぜし故の御名なり。去る程に此宮の御母。物の気にいたく悩みて。知る処ありとて。落葉の宮も諸共に。此山里に住み給ひ。いと物あはれなりしに。夕霧の大将の。忍びて通ひおはせしが。行く馬にも足引の。山路といひ秋といひ。淋しさゝぞと山住の。こと語らへば程もなく。日も夕暮になりぬれど。帰らんとだにし給はで。
シテ「山里の。あはれを添ふる夕霧の。
地「立ち出でん方もなき。心地して口ずさみ。籬の鹿も虫の音も。涙もよほす滝の音。名のみ音なしの滝つ波も。あやにくに音するや。物思へとの秋の空。時雨も袖訪ひて。山風いたく身にしめば。夜や暁になりぬらんと。大将は此山を。すご〳〵と別れ出で給ふ。
地「横笛の。(序の舞)
シテワカ「横笛の。調べは殊に変らぬを。
地「空しくなりし音こそ尽きせね。音こそつきせね。〳〵。
シテ「もとより此身は落葉衣の。袖をひるがへし。
地「嵐も木枯も。
シテ「はげしき空なるに。
地「さやけき月に妄執の夕霧。身一つに降りかゝり。目も紅の落葉の宮は。せんかた涙に咽びけり。
シテ「されども逆縁の御法を受けて。
地「されども逆縁の御法を受けて。罪科も脆き落葉の音は。ほろ〳〵はら〳〵と。時雨にまじりて行く雲の。棚引く山より明け渡れば。時雨と聞きしも跡絶えて。落葉と聞きしもあとはかなくて。山風ばかりや残るらん。

底本:国立国会図書館デジタルコレクション『謡曲評釈 第五輯』大和田建樹 著

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