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代主 古名 葛城鴨

世阿弥作


ワキ 賀茂の神職
シテ 宮人
ツレ 同


ワキ 前に同じ
シテ 事代主の神

地は 大和
季は 四月

ワキ次第「関の戸さゝで秋津洲や。〳〵。道ある御代ぞめでたき。
詞「そも〳〵是は都賀茂の明神に仕へ申す神職の者なり。又和州葛城の明神は。当社御一体の御事なれども。いまだ参詣申さず候ふ程に。唯今和州葛城の明神に参詣仕り候。
道行「四方の国。治まる雲の果までも。〳〵。君の御影は明らけき。天つ日影の山の端に。斯かる時代は曇りなき。峰も其方か葛城の。賀茂の宮居に着きにけり。〳〵。
シテ、ツレ一声「葛城の。賀茂の神垣時を得て。咲く卯の花の白和幣。
ツレ「鳴らさぬ枝も夏木立。
二人「茂りをさめて風もなし。
シテサシ「是は当国葛城や。賀茂の社中を清め申す者なり。
二人「有難や頃は卯月の始めとて。賀茂のみあれの時既に。夏も来にけり小忌衣の。袖白妙の木綿畳。幣とり〴〵の神祭り。御代を守りの道すぐに。万歳の末を祈るなり。
下歌「いざ〳〵庭を清めん。〳〵。
上歌「もとよりも。塵に交はる神心。〳〵。和光の影はいやましに。栄え行くなり国々も。豊かに照らす日の本や。千里万里も治まれる。誓ひの海は有難や。〳〵。
ワキ詞「如何に是なる老人。是は当社始めて参詣の者なり。此あたりは皆故有る名所なるべし。詠めの名所を教へ候へ。
シテ詞「さん候此葛城の賀茂の宮居。都の賀茂と御一体の御事なれば。都の人こそ知ろし召さるべけれ。其上龍田初瀬の紅葉をば。見ねども歌人の知し召すなれば。我等が申すに及ばず。唯君万歳の御守りと。当社に祈り申すならでは。又他事も候はず。あらめでたの御神拝やな。
ワキ詞「実に〳〵翁の申す如く。我等本社賀茂の社頭にありながら。当社の事を尋ぬるは。今更なるべき事ならずや。
シテ「恐れながら此御尋ねこそ。少し不審に候へとよ。賀茂の本社と申さん事。忝くも開闢以来の影向の始め。まづ葛城の賀茂なれば。此宮居こそ取り分きて。賀茂の本社と申すべけれ。
ワキ「実に〳〵是は理なり。まづ〳〵最初の影向は。此葛城の賀茂の神。
シテ「其後天下平安城に。顕はれ給ふ賀茂の神山。
ワキ「其神の名を糺の竹の。
シテ「御代も治まり七つの道も。
ワキ「猶末すぐに。
シテ「曇りなき。
地「よそまでも。名は葛城の賀茂の神。〳〵。御代を守りの御威光。普ねしや〳〵。四海の波も治まりて。国富み民も豊かなる。御影ぞ貴かりける。〳〵。
地クリ「それ君は舟臣は水。水よく船を浮べつゝ。臣よく君を仰ぐとかや。
シテサシ「然れば王城の鎮守として。誠に以て御名高き。
地「其水上は山陰の。賀茂の御手洗潔き。流れの末は久方の。雨つちくれを動かさず。安く楽しむ時とかや。
シテ「有難しとも中々に。
地「言葉を以ても述べ難し。
クセ「然るに葛城や。高間の山と申すは。金剛の峰として。胎金両部の。其一法を顕はし。神も影向なるとかや。西天仏在世よりは。東北の霊峰。是れ大和の金剛山。三国不二の峰として。御代の宝の。山とも是を名づけたり。そも〳〵葛城の。賀茂の神垣隔てなく。王城の鎮守と顕はれ。百王守護の神山や。賀茂の祭とて。忝くも大君の。清涼殿や長階の。出御も絶えぬ年々に。卯月の其日の。とりどりの御遊なるとかや。
シテ「千早振る。賀茂のみあれや夏引の。
地「糸毛の花車めぐる日の。今日に葵の二葉より。我しめゆひし姫小松の。千代をかけて水鳥の。鴨の羽色やしもと結ふ。葛城も同じ神山の。一体分身の。御代を守り給ふなり。此御代を守り給ふなり。
ロンギ地「実に葛城の神の代の。〳〵。其道すぐに夕霜の。翁はさても誰やらん。
シテ「誰ともいはん翁さび。人なとがめそ我こそは。事代主の翁とて。御代を守り申すなり。
地「そもや事代主と聞く。其名は如何に。
シテ「音高し。
地「事代主と申すこそ。葛城の神の名なれ。いざや神体を顕はし。旅宿をあがめ申さんとて。葛城や高間山の。嶺の雲に翔りて。天の戸に入らせ給ひけり。〳〵。(中入)
ワキ歌「心も共に澄む月の。〳〵。光さやけき夜神楽の。御声も同じ松の風。更け行く空ぞ静かなる。〳〵。
後ジテ「あら有難の折からやな。我劫初より此山に住んで。王城を守り御代をあがめ。天下泰平の宝の山。葛城の神と顕はれて。唯今こゝに来りたり。あら面白の夜遊やな。
地「標結ふ。葛城山に降る雪は。
シテ「間なく時なく思ほゆるかな。
地「それは三冬の深雪の空。
シテ「是は卯月卯の花の。
地「雪をめぐらす舞の袖。古き大和舞。拍子を揃へて面白や。
ロンギ地「あら有難や有難や。天下泰平楽とは。如何なる舞の事やらん。
シテ「怨敵の難をのがれて。上下万民舞ひ遊ぶ。
地「さて万秋楽と申すは。
シテ「都卒天の楽にて。見仏菩薩舞ひ給ふ。
地「春立つ空の舞には。
シテ「春鶯囀を舞ふべし。
地「秋来る空の舞には。
シテ「秋風楽を舞ふとかや。
地「舞に颯々といふ声は。楽々と響くなり。いつも其声尽きせぬは。此砌なるべしやな。万歳の四方の国。道ある御代ぞめでたき。〳〵。

底本:国立国会図書館デジタルコレクション『謡曲評釈 第八輯』大和田建樹 著

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