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大会

禅竹作


ワキ 僧正
シテ 山伏


シテ 天狗
ワキ 前に同じ
ツレ 帝釈天

地は 山城
季は 雑

ワキサシ「それ一代の教法は。五時八教をけづり。教内教外を分たれたり。五時と云つぱ。華厳阿含方等般若法華。四教とは是れ蔵通別円たり。遮那教主の秘蔵を受け。五想成身の峰を開きしより以来。たれか仏法を崇敬せざらん。げに有難き御法とかや。
地「鷲の御山をうつすなる。〳〵。一仏乗の嶺には。真如の恵日まとかなり。鳥三宝を念じて。風常楽と音づるゝ。げにたぐひなき深山かな。〳〵。
シテサシ「月は古殿の燈をかゝげ。風は空廊の箒となつて。石上に塵なく滑らかなる。苔路をあゆみよるべの水。あら心すごの山洞やな。
詞「いかに此庵室の内へ案内申し候。
ワキ詞「我ぜんかんの窓に向ひ心を澄ます処に。案内申さんとは如何なるものぞ。
シテ詞「是は此あたりに住居する客僧にて候。我既に身まかるべきを。御憐みにより命たすかり申すこと。かへす〴〵も有がたう候。此事申さん為に是までまゐりて候。
ワキ「是はおもひもよらぬ事を承り候ふ物かな。命をたすけ申すとは更に思ひもよらず候。
シテ「都東北院のあたりにての御事なり。定めて思し召し合はすべし。かばかりの御こゝろざし。などかは申し上げざらん。此報恩に何事にてもあれ。御望みの事候はゞ。刹那に叶へ申すべし。
ワキ「げにさる事のありしなり。又望みを叶へ給はん事。此世の望み更になし。たゞし釈尊霊鷲山にての御説法のありさま。まのあたりに拝み申したくこそ候へ。
シテ「それこそ易き御望みなれ。まこと左様に思しめさば。すなはち拝ませ申すべしさりながら。貴しと思しめすならば。かならず我為めあしかるべし。かまひて疑ひ給ふなと。
地「かへす〴〵も約諾し。〳〵。さあらばあれに見えたる。杉一村に立ちよりて。目をふさぎ待ち給へ。仏の御声のきこえなば。其時両眼をひらきて。よく〳〵御覧候へと。いふかとみれば雲霧。ふりくる雨の足音。ほろ〳〵とあゆみ行く道の。木の葉をさつと吹きあげて。梢にあがり谷にくだり。かき消すやうに失せにけり。〳〵。(中入)
後ジテ「それ山はちひさき土くれを生ず。かるがゆゑに高き事をなし。海は細き流れをいとはず。故に深き事をなす。
地「ふしぎや虚空に音楽ひゞき。〳〵。仏の御声あらたに聞ゆ。両眼をひらきあたりを見れば。
シテ「山はすなはち霊山となり。
地「大地は金瑠璃。
シテ「木は又七重宝樹となつて。
地「釈迦如来獅子の座に。あらはれ給へば。普賢文珠左右に居給へり。菩薩聖衆雲霞の如し。砂の上には龍神八部。おの〳〵拝し囲繞せり。
シテ「加葉阿難の大声聞。
地「加葉阿難の大声聞は。一面に坐せり。空より四種の花ふりくだり。天人雲に。つらなり微妙の音楽を奏す。如来肝心の法文を説き給ふ。実にありがたきけしきかな。
ワキ「僧正其時たちまちに。
地「僧正其時たちまちに。信心を発し。随喜の涙眼に浮び。一心に合掌し。帰命頂礼大恩教主。釈迦如来と。恭敬礼拝するほどに。俄に台嶺ひゞき震動し。帝釈天よりくだり給ふを。見るより天狗おの〳〵さわぎ。恐れをなしける不思議さよ。
地「刹那が間に喜見城の。〳〵。帝釈あらはれ数千の魔術を。あさまになせば。有りつる大会。ちり〴〵になつてぞ見えたりける。
帝釈「帝釈此時いかり給ひ。
地「帝釈此時いかり給ひ。かばかりの信者をなど驚かすと。たちまちさん〴〵に苦を見せ給へば。羽風をたてゝ翔らんとすれども。もぢり羽になつて飛行も叶はねば。おそれ奉り拝し申せば。帝釈すなはち雲路をさして。あがらせ給ふ。其時天狗は岩根をつたひ。くだるとぞ見えし。いはねをつたひ下ると見えて。深谷の岩洞に入りにけり。

底本:国立国会図書館デジタルコレクション『謡曲評釈 第三輯』大和田建樹 著

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