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第六天


ワキ 解脱上人
シテ 里人
ツレ 同


ワキ 前に同じ
シテ 魔王
ツレ 素盞嗚尊

地は 伊勢
季は 三月

ワキ次第「心の花を手向とて。〳〵。大神宮に参らん。
詞「是は解脱と申す沙門にて候。我いまだ大神宮に参らず候ふ程に。此度思ひ立ち伊勢参宮と志し候。
道行「旅衣。今日九重を立ち出でゝ。末は音羽の山桜。花の滝川是ぞこの。行くも帰るも逢坂の。杉の木の間に波よする。湖むかふ鏡山。やう〳〵行けば鈴鹿路や。多気の都の程もなく。度会の宮に着きにけり。〳〵。
シテ、ツレ一声「神路山。御裳濯川の其上に。契りし事の末は違はじ。
ツレ「永き代までも仕へ来て。
二人「尽きぬ恵みは頼もしや。
シテサシ「見渡せば千木もゆがまずかたそぎもそらず。
二人「是れ正直捨方便の。形を顕はすかと見え。古松枝を垂れ老樹緑を添へ。皆是れ上求菩提の相を表す。有難かりし宮居かな。
下歌「神風に。心安くぞ任せつる。
上歌「桜の宮の花盛。〳〵。花の白雲立ち迷ひ。空さへ匂ふ月読の。洩りくる影も長閑にて。知るも知らぬも道の辺の。行きかふ袖の花の香に。春一しほの気色かな。〳〵。
シテ詞「是なる御僧は何処よりの御参詣にて候ふぞ。
ワキ詞「是は都方より出でたる沙門にて候。和光同塵の本願は結縁の始め。濁世の我等なんぞ神力の妙薬を蒙らざらんや。神秘を委しく語り給へ。
シテ「優しき人のいひごとや。懇に語り参らせうずるにて候。
地クリ「夫れ御裳濯川といつぱ。倭姫の命。七百余歳に至るまで。宮居を尋ねおはします。
シテサシ「然れば当国二見の浦に上り。
地「裳裾の穢れ給ひしを。此川にて洗ひしにより。御裳濯川と申すなり。
クセ「そも〳〵当社は垂仁の御宇にはじめて。下津岩根に宮柱。太敷き立てゝ。日神月神をあがめ申すなり。蛭子素盞嗚は。枝を連ぬる御神。高天の原の昔より。
シテ「今も変はらぬ神徳の。
地「其品々の方便を。語るもいかで尽さまし。仰ぎても猶あまりあり。かゝる恵みをおしなべて。頼めや頼め神の告げ。木綿四手に榊葉添へ。御法の障碍有るべしと。夢に来りて申すとて。かき消すやうに失せにけり。〳〵。(中入)
ワキ「かくて神前に心を澄ます折節に。
地「俄に大空さえかへり。風雨雷電肝を消し。六種の震動おびたゝしや。
後ジテ「そも〳〵是は仏法を破却する。第六天の魔王とは我事なり。
地「さて又供奉は誰々ぞ。
シテ「六天には煩悩の悪魔。
地「陰魔死魔。
シテ「天子業魔。
地「其外従類悟りの道を。障碍の群鬼はさま〴〵なり。
ワキ「其時解脱合掌して。
地「其時解脱合掌して。観念をなしければ。不思議や天つ空よりも。素盞嗚顕はれ出で給へり。
地「即ち素盞嗚顕はれ給ひ。即ち素盞嗚顕はれ給へば。さしもに猛き六天なれども。恐れをなしてぞ見えたりける。
ツレ「素盞嗚なほも怒り給ひ。
地「素盞嗚なほも怒り給ひて。宝棒を取り直し打たんとせしに。飛び違ひ須弥に。上らんとするを引きとゞめ。大地に打ち伏せて。忽ち散々に苦を見せ給へば。今より此土に来るまじと。誓ひをなせば。尊は雲居に上らせ給ひ。魔王は通力尽き果てゝ。虚空に跡なく失せにけり。

底本:国立国会図書館デジタルコレクション『謡曲評釈 第三輯』大和田建樹 著

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