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鶏龍田


男 平岡何がし
立衆 同伴者
シテ 里女


狂言 平岡従者
ワキ 阿闍梨
シテ 鶏の精

地は 大和
季は 秋九月

平岡立衆次第「山路を分くる紅葉狩。〳〵。時雨やしるべなるらん。
平岡「是は河内の国平岡の何がしにて候。さても龍田山の紅葉。今を盛なるよし申し候ふ程に。若き人々を伴ひ。只今立田山に分け入り。紅葉をながめばやと存じ候。
道行「頃も早。名残の秋の朝まだき。〳〵。霧間に見ゆる村紅葉。松の葉色も照りそひて。錦をかざる秋の山。嶺も小倉の名に残る。立田山にも着きにけり。〳〵。
平岡「急ぎ候ふ程に。立田山に着きて候。先づ明神へ参らうずるにて候。
平岡「げに〳〵美しき鶏にて候。取りて帰り候へ。
シテ「なふ〳〵其鳥をば何しに召され候ふぞ。
平岡「是は拾ひたる鳥にて候ふ程に。取りて帰り候。
シテ「いや其鳥は世の常の鳥にあらず。忝くも内裡より放されたる鳥なれば。たやすく思し召さるゝとも。君と神との放鳥。是ぞ名におふゆふつけ鳥。捕らせ給ふは僻事や。
平岡「そも内裡の放鳥とは。何といひたる事やらん。
シテ「いつぞや内裏にてしけいの祭とて。さばへなす神を祭りつけ。都の四方の関々に。鳥獣を放されし。其内一つの鳥なれば。内裡の鳥とは申すなり。
平岡「さてその鳥は。何くの関に放ち置かせ給ひけるぞ。
シテ「一つは逢坂一つは此。鳥も紅葉の立田山。
平岡「神の白ゆふ掛けし故に。ゆふつけ鳥とは異名の鳥。
シテ「又その外も名をかへて。
平岡「あるひはくだかけ。
シテ「又はかけ鳥。
平岡「さま〴〵に名を。
シテ「ゆふつけの。
地「かはる其名の立田山。〳〵。夜半にあらねど庭鳥を。人に取られて行く道は。別れの鳥ぞかし。あら恨めしの鶏や。さりとては人々よ。其鳥返し給ひなば。神も守らせ給ふべし。〳〵。
平岡「猶々立田山に鶏を離されたる謂を御物語り候へ。
クリ地「抑この立田の明神と申し奉るは。神は何れと申せども。分けて利生もいちはやき。滝祭にておはします。
シテ「然れば霊験あらたにて。末世の衆生の機を転じ。
地「思ひしるべのさばへなす。神の為めとてしけいの一つに。此神を撰び奉り。
シテ「こゝは立田の山かげに。
地「御祓の鳥を放ち給ふ。
クセ「然るに此処。宝の山も程ちかく。神代の道も明らかに。国富み民もすぐなるや。天の逆矛年ふりて。守りの神と顕れて。君の代々まで。曇らぬ御代ぞ久しき。さればかゝるべき。鳥獣に至るまで。心あれとてゆふつけの。かけの垂尾の長き世の。ためしに今もなるとかや。
シテ「かゝる奇特を聞きながら。
地「さなきだに立田山。沖つ白波名の立つに。主なき鳥とて鶏を。捕らせて行かせ給ひなば。同じかざしの名をおひて。夜越えずとも立田路の。盗人と言はれて。後に悔ませ給ふな。よしそれまでぞ我も又。さのみは言はじ庭鳥の。八声も立てじ立田山の。紅葉の木かげに入りにけり。〳〵。
平岡「急ぎ家路に帰らうずるにて候。(中入)
狂言「如何に申し候。御女房達のあしやの前。俄に物に御狂ひ候ふが。以ての外に御入り候ふよし申し候。もし鶏ばしつきたるかとの御事にて候。
平岡「思ひ合はする事あり。汝は信貴山の阿闍梨の御房へ参り。申し入れたき子細のあるよし申して。御供申して来り候へ。
狂言「畏つて候。如何に阿闍梨の御房へ案内申し候。平岡殿より少し申し度き事の候。急ぎ御出であれと申され候。
ワキ「我ぜんかんの窓に向ひ。心を澄ます処に。案内申さんといふは如何なる者ぞ。
狂言「平岡殿より少し申し入れたき事の候。急ぎ御出であれと申され候。
ワキ「心得申して候。さらばやがて参らうずるにて候。
狂言「さあらば某お先へ参らうずるにて候。
ワキ「それ山伏といつぱ。役の優婆塞葛城や。高間の峰を踏み分けて。明王に逢ひ奉り。莚も同じ苔衣を。片敷き伏し給ひしより以来。山伏と之を名づけたり。たとひ如何なる悪霊なりとも。明王のさつくにかけば。など其しるしなかるべき。南無帰依仏。
地「ゆふつけの。かけの垂尾の乱髪。心も解けぬ気色かな。
シテ「鶏すでに鳴いて。忠臣朝を待つ。君を守りの御代のみさき。うたがふ人は愚やな。あら恨めしの心やな。
平岡「我ながら浮れ心はよりましの。言の葉草の霜夜も明けて。
シテ「月はさながら白雪の。空に散り行く朝嵐。羽音もさえて打ち羽ぶく。
平岡「其塒にはとまらずして。
シテ「鶏寒うして木にのぼり。
地「鴨寒うして水に入る。
ワキ「見我身者発菩提心。聞我名者断悪修善。聴我説者得大智恵。知我身者即身成仏。
シテ「行者の加持力隙もなく。
地「のけや〳〵と責めらるれども。
シテ「こなたは負けじ神のみさき。
地「人に逢はせて鶏の。かちどき作るを御覧ぜよ。
ワキ「不思議やな行者が目前に。化したる女庭鳥をいたゞき。行者に帰れと宣ふぞや。不動明王のさつくにかゝらぬ先に。早々帰り給へ。
シテ「何我を帰れとや。
ワキ「中々の事。
シテ「あら愚や行者達。神の使は帰るべきか。
ワキ「さればこそ怠り申さば神心。などか和光のなかるべき。
シテ「いや如何にいふとも帰るまじと。しるしの御幣おつ取れば。
ワキ「そのみてぐらは命期のしるし。取りて悔ませ給ふなよ。
シテ「何をかさのみ悔むべき。祈らば祈れ足引の。
ワキ「山伏の行こゝなりと。重ねて数珠をおしもんで。
地「東方に降三世明王。〳〵と。数珠さら〳〵と押しもめば。
シテ「恐ろしや東より。
地「青色の鬼神来つて。出でよいでよと責め給ふぞや。恐ろしとて南を見れば。南方軍荼利夜叉の。雲風吹いて眼に入れば。
シテ「夕日の影と共に。西の方に歩み行けば。
地「西方大威徳明王の。水牛来つて怒をなせば。こゝも叶はで北に廻れば。北方は金剛夜叉。さて中央は大聖不動。明王のけばくにかゝれば。〳〵。地神は地より責め。天よりは梵王下つて。行者は下より飛ぶ鳥をも。落ちよ〳〵と祈られて。忽に翼は落ちて。有りつる御幣は返しつゝ。今より後は来るまじと。ゆふつけ鳥か唐衣。〳〵。立田の山にぞ帰りける。

底本:国立国会図書館デジタルコレクション『謡曲評釈 第一輯』大和田建樹 著

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