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紅葉 一名 高倉院

ワキ 清閑寺の僧
シテ 上童
ツレ 侍女

地は 京都
季は 秋

ワキ詞「是は東山清閑寺の住侶にて候。去年上皇崩御ならせ給ひ。高倉院と申し奉り。此山に葬り奉る。御一周忌の御法事善尽し美尽し。心言葉も及び難し。今日は一七日結願の御事なれば。いよ〳〵陵を清め。香花を捧げ奉らばやと思ひ候。
シテ、ツレ次第「君が御幸を今日問へば。〳〵。帰らぬ旅ぞ悲しき。
シテサシ「是は院の御所に住む上童にて候。さても上皇神上りましまし。
二人「はや月重なり去年となり。今年の御法事時過ぎて。今日七日の結願なり。せめての事に御寺に詣で。拝し参らせん其為めに。
下歌「歩み習はぬ歩行はだし。君が為めにと志し。
上歌「九重の。空とはいへど此程は。〳〵。民の歎きの心にや。涙曇りの春の色。たどり〳〵て東山。清閑寺にも着きにけり。〳〵。
シテ「あら浅ましや御在世の時は賢王にて。人の慕ひ奉る事斜ならず候ひしに。いかなれば死の道。三明六通の羅漢もまぬかれず。幻術変化の権者も遁れ給はず。
ツレ「悲しきかなや二十にも。成らせ給はぬ御身の。
シテ「然も慈悲心中に五常乱らず。
ツレ「末代の聖主と仰ぎしも。
シテ「御雲隠れの。
ツレ「習ひとて。
二人「女御更衣も宮仕へ申さず。郷相雲客の拝すもなく。鳥の囀る花水の。住む人もなき御廟の体。あら定めなや候。
ワキ詞「不思議やな是れなる上﨟は。如何様大内にてもやんごとなく常ざまの御方とは見え給はぬが。御廟に香花を捧げ。悲歎の涙を流し給ふは。若し此院の局町に宮仕へ給ふ御方か。
シテ「此方の事を宣ふかや。是は外の御所に住む者なるが。常ならぬ御恩を受け。せめて陵を拝せんと。はる〴〵詣で候ふなり。
ワキ「あら有難の御事や。則ち贈号高倉院と。よく〳〵御回向おはしませ。
シテ「崩御の御名も高倉や。此世にかはらぬ花の台に。
ツレ「必ず出御。
シテ「ましませと。
地「思ひの玉の数くりて。〳〵。弔ひ申す志。さこそ尊霊も。請け悦ばせ給ふらん。十善の御身も。賢愚も共に仮の世の。風の前なるともし火の。消えて誰かは残るべき。〳〵。
シテ詞「なふ〳〵御僧。此装束衣小袖御覧候へ。
ワキ詞「誠に色異なる御衣裳。何とて唯今改めて。仏前に参り給ふらん。
シテ「是は先帝より下し給はる御衣なれば。報謝の御為め着しつゝ。御陵に参り申すなり。
ワキ「さては左様にましますかや。其御いつくしみの謂れ御物語候へ。
クリ地「抑此君御在位の御時。我のみならず遠きは聞き近きは拝み。延喜天暦の聖主にも越え給ひ。賢王の名を揚げ給ふ。
シテサシ「されば未だ幼主の御時より。性を柔和に受けさせ給ひ。万の道に御心を寄せらる。
地「中にも紅葉を愛せさせ給ひ。北の陣に。櫨楓の色を移し。紅葉の山と名づけ。終日叡覧ありしとかや。
シテ「然るにある夜野分はしたなく吹いて。
地「落葉斜ならず。明けなば叡覧あるべきと。御心がけに鶏鳴を待たせ給ふ。
クセ「五更も白めば主殿の。伴の宮つこ立ち出で。朝清めするとて。ちれる紅葉をかき集め。縫殿の陣にもて行き。酒あたゝめてたうべけり。奉行の蔵人。御幸より先に行き見れば。木の葉一葉も残らず。如何にと問へば浅ましや。右のあらまし語るにぞ。さしも御秘蔵の紅葉を。跡方もなき有様。知らず汝等も。禁獄流罪。逆鱗にあづからんと。思はし事なう。案じつゞけて居たりしに。主上いとゞしく。夜のおとゞを出御あり。紅葉の山に御幸なり。紅葉を叡覧ましますに。葉は捨てられて空しき。梢いかにと宣旨あり。右のあらまし奏聞す。君つく〴〵と聞し召し。
シテ「林間に酒を煖めて。
地「紅葉を焼くといふ。秋の詩の心を。かほど賤しき其身の。知れるよな優しやと。天気甚だ心よく。打ち笑ませ給ふ御事。今のやうにぞ思はるゝ。又自らに装束を。給はらせ給ふ事。一方ならぬ御恵み。かすかなる里よりも。かず〳〵に仕立てさせ。女の童持ち来り。夜戸出の荒き白浪の。寄せ来て奪ふにぞ。せんかた涙落ちたぎり。悲しむ声の高円や。大内山に響きしに。
シテ「鶏人暁を唱ふ声。
地「明王の眠りを驚かす。御寝もならざるに。女の泣く声を聞し召し。如何にと問はせ給へば。件のよしを奏すにぞ。御涙ぐませ給ひて。世にかだましき者あるも。わが心からと宣旨あり。中宮の御方より。此装束を召されて。女の童に給はり。二たび返し給ふなる。御心ざしの有難さを。思へば仏の。大悲にいかで劣らん。有難や。(舞)
シテ「有難や。かゝる雲井の月影の。雲隠して入りぬらん。
地「定め無き世の中ぞ悲しき。中ぞ悲しき。〳〵。
ロンギ地「げにや死出の山。〳〵。浮世の旅に来る人は。越えでかなはぬ道とかや。
シテ「北州の千年天人の五衰。其外生きとし生けるもの。何れか世には留まる。
地「西王母が百の年。
シテ「東方朔が九千歳。
地「名のみ残りて。
シテ「今はなし。
地「只何事も夢の世の。頼みなきこそ頼みなれ。昔の玉の台も。なからん後は何ならず。及ばずながら御跡を。弔ふ法の心ざし。まこと報謝の舞ならん。〳〵。

底本:国立国会図書館デジタルコレクション『謡曲評釈 第八輯』大和田建樹 著

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