八幡弓
前シテ 武内の神の化身 前ツレ 玉垂の命の化身 後シテ 高良の神(武内玉垂二神合一) ワキ 奈良の臣下 ツレ 同 所 前 大和奈良 後 山城男山 次第「君が恵みの十寸鏡。〳〵。曇らぬ影を仰がん。 ワキ詞「抑是は奈良の帝に仕へ奉る臣下也。扨も君御政道たゞしうましますに依て。国富民豊かなり。然る間四方の国々より。種々の御調物を捧げ奉り候。中にも当国山城の御調物未参らず候。参りて候はゞ奏聞申さふずるにて候。いかに誰か有。山城の御調物来てあらばこなたへ申候へ。シカ〴〵 シテ、一声、二人「武士の弓張月の男山。出てや君を照すらん。 ツレ「誓ひを何と岩清水。 二人「ふかき恵みぞ。頼もしき。 サシ「是は山城の国。八幡山の辺に住居する。賤しき民にて候。 二人「実や治まる習ひとて。四方の国々残りなく。運送の御調。弥増なり。 歌「忝なくも此君の。〳〵。いにしへすませ給ひける。宇治の里を余所に見て。今日甕の原和泉潟。ころも鹿脊山うちすぎて。漸々行けば程もなく。都に早く着にけり。〳〵。 ワキ詞「不思議やな。余の国々よりは色々の。御調を備ふる中に。山城の国に限つて弓箭を捧る事は。いかさま謂の有やらん。委く申候へ。 シテ「夫弓と申は。天地陰陽を表し。四徳五行の形を顕す。 ツレ、カヽル「されば神には桑の弓。蓬の矢にて国を治め。怨敵を払ひ世を静め。 シテ「悪魔を退く宝とかや。 同「我もいやしき身なれども。〳〵。かゝる事をば白真弓。君にひかれて民までも。豊かに住る有難や。〳〵。 クリ地「抑弓箭を以て世を治めし始めといつぱ。先我朝におゐては。応神天皇にておはします。 サシ「しかれば神功皇后。詔して宣まはく。縦ひ女人の身なりとも。先帝の御為なれば。異国へむかはでかなふまじと。始めて御鎧を召し弓箭を帯し。みづから異狄を。平げ給ふ。 クセ「其後宇佐の宮に移りまし皇子。御誕生成給ふ。則応神天皇は。八幡宮の御事なり。威重三尊の形を。行教の袖にうつして。此幡の本にこめ給ふ。八重旗雲を指南にて。宗廟の神と顕はれ。弓矢の家を守らん。されば今の御代。仰ぐに付て愚かならず。君にひかるゝ玉水。上清ば下も濁らず。いよ〳〵すなほなりけり。 シテ「君は船臣は水。水よくふねをうかべては。臣よく君を仰ぐ世の。幾久しさも白真弓。八百万代を治めつゝ。又は仏法王法の。治まる国となる事は。一張の弓のいきほひたり。東南西北の敵をやすくたいらぐる。 ロンギ地「不思議なりとよかた〴〵は。〳〵。凡夫ならず覚えたり。其名を名乗おはしませ。 シテ「我名を何と石清水。深き誓ひを守らんと。是まで現じ来れりと。 地「二人の者はたちまちに。ふたつの鳩とあらはれて。八幡をさして飛で行。〳〵。(中入) ワキ、カヽル「忝なくも大内は。此八幡山にぞ御幸なる。 地「巫八乙女もろともに。 歌、同「花を手折て身をかざり。〳〵。猶も奇特を見るやとて。信心を起し祈念する。〳〵。 後シテ、一声「我は是本地玉垂命武内の神成が。弓箭の家を守らん為。今又顕はれ出たるなり。 地「万代迄も栄へゆく。松をかざしの袂かな。(舞) 同「そも〳〵四方をふうずる。〳〵。三尺の剣の光には。 シテ「怨敵の四魔を降伏し。非法を治む政事。 地「扨又天津空社に。差上げ給ふ舞の手は。天長かれと祈りて。かなづるまでの手成ゆへ。 シテ「手を折足を揚るは。 地「是大日の陽分。 シテ「しゆめつ法界とかなづる舞の手なるゆへ。太平楽と名付たり。 同「又はぶつしやうの。軍に向ふ度毎に。陣を破れる舞なれば。破陣楽とも名付たり。実ありがたき君が代の。ばんぜいらくぞめで度。〳〵。 底本:国立国会図書館デジタルコレクション『古今謡曲解題』丸岡桂 著、『宴曲十七帖 謡曲末百番』国書刊行会 編