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太平楽
シテ 住吉明神 ツレ 神功皇后神霊 ワキ 藤原為兼 所 摂津住吉 時 秋 次第「松は百代の緑にて。〳〵。十返りの色ぞ久しき。 ワキ「抑是は後一条院に仕へ奉る為兼とは我事なり。扨も君より常に歌の題を下され。愚詠を捧げ申候。此度は扇のねことある難題を給り。様々思案仕候得共。思ひ寄難く候間。和歌の御守住吉に参り。此事祈誓申さばやと存候。 サシ「行末遠き旅なれど。月の都は名残ある。夕の色は青葉なるに。松をも染る日影哉。爰は物かは草枕。〳〵。秋のね覚の旅の空。月の桂の川舟の。流れと共に棹さして。難波の寺の入相を。聞に心も住吉の。宮居にはやく着にけり。〳〵。 一声、二人「住吉の。浜松が枝の手向草。神もさび敷。恵み哉。 ツレ二句「風のやどする松の葉は。 二人「煙も薄き嵐かな。 サシ「是は此浦里に住馴て。明暮松の落葉をかき。浮世を渡る海人なり。 二人「実や心なき。浦山賤の習ひとて。遅々たる春の永き日は。汀に出てもしほを汲。皎々たる月の夜すがらは。旦暮に松の落葉をかき。うき世の業をいとなむなり。いざ〳〵落葉かこふよ。時雨する。松の葉の一通。〳〵。下枝の落葉降つもる。浜の真砂をかかふよ。所がらとて住吉の。松の落葉をかくときは。嵐につるゝしらべかな。〳〵。 ワキ「我此所に通夜し。まだ有明の月共に。松の木の間を見渡せば。人数多夜すがら松の落葉をかき候は。何と申たる事にて候ぞ。 シテ「さん候。あすは薪に嵐吹。松の落葉をかき集候。 ワキ「扨は心なく共月をば見るらめ。 シテ「賤身にも月かげにめでゝ。いねもせず。心ならず松の葉をよせ候。 ワキ「実々誮敷云事かな。月見ん為にかく松の葉。心有けるこたへかな。 シテ「我らを心有者とや。そなたこそ心有がほなれ。 ツレ「さすが我朝において名所の。高砂住の江の松も相生に。 二人「此年月までも住吉に。住馴し者を情なく。たゞ大方の心なき。 同「浦人とおぼし召るゝか。御誤りや。名所の海士なりと。余りげに御いやしみな候ひそ。 同「所は住吉の〳〵。宮居も時に勝れて。恵みも厚く秋津洲の。和歌のうらや淡路がた。岩根の苔莚。げに敷島の神風も。音に聞えし名所哉。〳〵。 ワキ「いかに老人。 シテ「何事にて候ぞ。 ワキ「我は大君に仕へ奉る為兼と申者なるが。今度君より扇のねこと云難題を下され。色々方便をめぐらせども。思ひ寄辺なく。それ故当社に参籠申て候よ。 シテ「扨祈誓の験ばし御座候歟。 ワキ「いや御告もなくて先都に帰り候。 シテ「和歌の事当社に祈る人の。叶はで過る事はなし。 ツレ「凡此宮居は。敷島を守りの神にて。渚の波や松の声。 シテ「何れも歌の詞なり。心をよせてきゝ給へ。 ツレ「我らは月のいらぬ間に。松葉よせんと立出る。 ワキ「実面白し老人よ。有明ならぬ宵月夜に。松の葉かきて月いらば。かへさをぐらき木のもとの。 シテ詞「否其此も松蔭に。傾く月と諸友に。おほ木のねこそ枕なれ。 ワキ「不思議なりとよ老人の。おふきのねこそと云つるは。 シテ「祈らせ給ふ扇のねこと。つゞくる詞はそへ歌の。 ワキ「為兼頓て言の葉の。斯もやあらん聞給へ。三吉野のおく見る花の旅ねには。 シテ「おほ木の根こそ。枕なりけれ。 同「箇様の安き言の葉を。〳〵。教への神のなかりせば。誰かはさして夕風の。松の葉かきの口号み。蘆辺の田鶴も和歌の友。つゝみは果じ我こそは。住吉の翁なれ。あれは神功皇后。歌を守らん為兼が。いぶかしき心明らかに。月の夜神楽を奏しなば。重てま見え申さんと。夕の風を松の葉の。かき消様に失にけり。〳〵。(中入) 同「千早振〳〵。例久敷松千年。和歌を守りの宮所の。君をいざやはやさん。此君をいざや囃さん。 シテ「桑の弓。 同「桑の弓。蓬の八島治りて。慈悲を四方に施し。邪を亡し正直の。方便を廻して太平楽になさふよ。〳〵。 シテ、カヽル「面白や。年は津守の浦なれど。住吉なれば老もせず。 同「浪こゝもとによる〳〵は。 シテ「心の澄を御覧ぜよ。 同「荒面白や松蔭に。〳〵。もりくる月の澄わたり。千代万代の神歌諷ひ。太平楽を奏しけり。(楽) シテ「昔住吉神功皇后。 同「昔住吉神功皇后は。異狄退治に趣たまひ。鉾をひつさげ敵に向ひ給ひければ。順風は矢さきに先だち。白浪は岩に遮りつつ。帰も引も。神通自在に満干の。玉の数万の狄を随がへしより。治る御代と成にけり。扨こそ住吉四所の明神。夫婦と現じ敷島を。守りの神と顕れ給ふ。〳〵も。異狄治めし謂れとかや。 底本:国立国会図書館デジタルコレクション『古今謡曲解題』丸岡桂 著、『宴曲十七帖 謡曲末百番』国書刊行会 編
京極為兼を伝える書物は次の通りです。